常念岳が雲の切れ間から望める穏やかな朝でしたが、天気予報によると今日の夕方から雨が続くようです。植物には待ちに待った降水になりますね。新緑がより色を付け色彩の変化が楽しめる季節に、色に関してのコラムをご紹介します。
日本の木造建築の伝統は、伊勢神宮に代表されるように、素木の持つ清潔な美しさにあります。住宅においても、木材等の素材をそのまま用いながら生かした、清潔で簡素な空間がその特徴とされております。
しかしその一方において町屋や数奇屋建築の木部には、盛んに着色がなされていた事実があるのです。例えば日本の住宅のお手本とされている桂離宮の書院や、日本の代表的茶室である妙喜庵待庵等にも木部にはちゃんと着色がなされておりました。又、身近なところでは、京都の町屋や飛騨高山の家々等、弁柄などの顔料を用いて木部を着色したものを今も多く見かけます。
弁柄で着色した格子を、若い人達でさえ弁柄格子と呼んで親しんでいるところをみても、現代の日本人の美意識と木材の着色とは決して無関係でないことを感じます。
このような着色を昔の人は、「色付」と呼んでいたのです。
この「色付」の色には、「弁柄」や「煤」が用いられていました。そしてその目的は、木材を保護することにもありましょうが、素木の真新しさ、華やかさに対して、古びた感じからくる落ちつきを意識してなされたものと考えられます。
そのように町屋や数奇屋建築すべてに「色付」がなされた一時期があったのに、どうして今日「色付」が忘れられてしまっているのか不思議でなりません。
その経緯を茶室を例にとってたどってみると一時期盛んであった「色付」が時代が下がると共にその色が次第に薄くなって、大正・昭和期には素木の茶室が一般的になってしまったというのです。ここに、時代の流れの中の好みの移り変りを教えられるのです。
住宅の色には、人それぞれの好みもありましょう。しかし住宅本来の目的が、くつろぐ場であり、心の安らぎの場であるとしたならば、素木による明るくて清楚な美しさもよいでしょう。しかし「色付」され、落ちつきをもったおごらない空間も決して忘れてはならないと思うのです。
降幡廣信
【住まい再考】
信濃毎日新聞掲載の過去のコラムです。