「茶の間」

暑い日が続きます。地域の風土に沿って造られた民家を見直すチャンスです。朝夕は涼しくなった信州より過去のコラムをお届けします。
 
住まい再考6
 

 日本の住宅が洋風化する中で、最近の住宅は茶の間のない家が多くなり、茶の間は次第になじみのうすいものになりつつあります。かつて茶の間は日本の住宅になくてはならない生活の中心であったことを考えると、淋しい思いがいたします。

 茶の間はことごとく台所に隣合わせており、部屋の中央にはちゃぶ台が置かれ、冬は炬燵がすえられて、家族が食事をしたり、お茶を飲みながら雑談にふけったりする家族団らんの場でありました。
 茶の間は単なる食事室ではなく、又単なる茶室とも違った部屋です。こういう便利な部屋は洋風住宅にはありませんでした。西洋住宅では食事をする場所は食堂であり、一家団らんの場は居間なのです。かりにその二室を一室にまとめたとしても、あくまでも二室を一つに合わせた感じで、日本の茶の間のまとまりは感じられないようです。

 茶の間について時代をさかのぼれば、日本の古い民家の「おえ」又は「だいどこ」に相当すると思います。ここには囲炉裏があって火の光や暖かさを囲んでお茶を飲んだり、食事をしたりする家族の団らんの場でありました。囲炉裏の四辺には、主人の座、妻の座、その他の家族の座や客の座がきちんと決まっていて家庭の秩序が保たれていたのです。
 この伝統は明治以降に生れた茶の間にも引き継がれて、そこには主人の座やその他家族の座がはっきりしていました。そして、主人の座には威厳、妻の座には暖かさや優しさがあったはずです。そしてそれらを通して日常生活の中で無言の教えがなされていたと思うのです。

 冬になりますと、寒い信州では炬燵のある茶の間がどんなにか心に安らぎを与えてくれるか知れません。茶の間の炬燵を囲んで家族が集まり、お茶を飲みながらなごやかに楽しみ合う一時は素晴らしい習慣ではないでしょうか。こういう日常生活の中から、家族の秩序、融和が生れたはずです。
 ひとりぼんやりしていても家族の暖かい慰めがそこにあるのが茶の間なのです。

 

降幡廣信

 
 

【住まい再考】
信濃毎日新聞掲載の過去のコラムです。